大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)771号 判決

被告人 金在洋 外一名

〔抄 録〕

被告人らに対する公訴事実の要旨は、(一)被告人金在洋は昭和二十六年三月七日午後一時四十分頃東京都北区上十条二丁目二十二番地東京都立朝鮮人高等学校同中学校(以下朝鮮人学校と略称する)表門脇のコンクリート上において、折柄王子警察署長が同校における集会に対し解散を命じ、その命により同校内の集団を解散せしめつつあつた警視庁第四方面予備隊勤務岩間美好らに対し、煉瓦、石等を投げつけて右巡査らの公務の執行を妨害し、その際右投石により同巡査の左前額部に治療三週間を要する挫創を負わせ、また(二)被告人李鐘活は同日午後二時頃同区上十条二丁目二十一番地附近の道路上において、前同様王子警察署長の命により前記学校内における集会に集合した者を解散せしめつつあつた前同予備隊勤務巡査岩根宝舟に対し、同人の拳銃の銃把に手をかけ、次いで警棒を握り、膝部を両足で交互に蹴り以て同巡査の右公務の執行を妨害した。というにあるところ、原判決は被告人両名が前記岩間、岩根両巡査に対し、それぞれ右のような暴行あるいは傷害を加えた事実を認めながら、所論摘録の如く判示して右王子警察署長の発した解散命令は不適法である。従つてその命令を執行した前記両巡査の行為もまた適法な公務の遂行とはいえないからこれを妨げた被告人らの所為は公務執行妨害罪に該らない。としたことはまことに所論のとおりである。

よつて按ずるに、刑法第九十五条第一項には単に「公務員ノ職務ヲ執行スルニ当リ之ニ対シテ暴行又ハ脅迫ヲ加ヘタル者」と定めてあるだけで、とくに「職務の適法な執行に当り」とは定めていないから、公務執行妨害罪が成立するには職務の執行が適法であることを要するかどうかについては必ずしも疑がないわけではない。けれども、国家は公務員の職務行為の円滑強力な遂行を保護すると同時に、個人の基本的人権を尊重するため、国権の行使にも厳重な規制を設けているのであるから、公権力を行使する側における法規不遵守を保護するために、これに因つて誘発された国民の側の法規不遵守に対して刑罰を科するというようなことは近代国家の理念に反するといわなければならない。従つて本条の保護しようとするのは、適法な職務行為に限られるものと解すべきは当然である。ところで、職務行為が適法であるかどうかは、抽象的に一律に定めらるべきものではなく、国家が公務の円滑強力な執行を要請する度合と、国民の人権を保護する必要性の程度とに応じ、もつぱら具体的事案について判定すべきものであるが、逮捕とか強制執行とかいうように、相手方に国家の権力意思を強制する場合には国民の基本的人権に影響するところが甚大であるから、その適法性の要件は厳格に解するのを相当とする、一般に、かかる場合において公務員の職務行為が適法であるためには(1)その行為が公務員の抽象的職務権限に属するのみならず(2)その行為をなしうる具体的条件を具備すること、即ち具体的権限を有し、かつ(3)職務行為の有効条件として定められている方式を履践していることが必要であるとされている。

これを本件の場合についてみると、集会の解散命令は、それ自体では国民に対しなんら有形的な拘束を加えるものではないが、その執行については強制力を伴うものであり、結局において国民の基本的人権に影響するところが大きいから、右に準じてその適法性を判断するのを相当とするところ、原判示王子警察署長が原判示集会の解散を命ずるについては、権限ある上司の命を受けていることが記録上明白であるから、同警察署長にはそれをなす抽象的職務権限の存することは明らかである。また解散を命ずるについてはこれを相手方に了知させるについて適当な方法をもつてすれば足り、とくに法律上一定の方式を履践する必要はないと解せられるから、本件において適法性の有無が問題となるのは、主として前記(2)の要件、即ち原判示王子警察署長ならびに岩間、岩根両巡査が前記のような行為をなすについて、具体的権限を有していたかどうかという点にかかつている。

よつて進んで、右の点について審究すると、原審における証人武田勲、同黒沢武治、同仲村政雄(一、二回)同田島領四郎、同新海正勝、同玉崎昭三、同小池敏、同岩間美好、同岸鎬一、同稲村清治、同木下藤市、同桜井正三郎、同滝丑三、同伊藤正福、同川角一夫の各証言、原審ならびに当審における検証の結果、ならびに押収にかかる煉瓦かけら三個、(当庁昭和三二年押第二五三号の一)煉瓦一個(同押号の三)学校父兄会臨時総会開催に関する通知書一通(同押号の四)「労働者の皆さんに訴う」と題するビラ一枚(同押号の一〇)を総合すると、

(一)昭和二十六年二月二十八日、警視庁捜査第二課員が、裁判官の発した令状に基づき王子警察署員の応援をえて、昭和二十五年政令第三二五号違反被疑事件により、朝鮮人学校内を捜索したところ、同日、同校教員から王子警察署に抗議があり、その翌日午前中に同校学生代表と称する者五名が同警察署に抗議をなし、さらにその一、二時間後には約二百名の者が集団となり学生を前列に立て、成人は後方にスクラムを組んで同警察署に押しかけ、口々に捜索の不当を詰つたり、同警察署長に面会を強要したりしていたので、同警察署長武田勲はデモ隊の解散を勧告したが応じないのでやむなく警官隊が実力を以て、約一町位離れた地点までデモ隊を押し返えした。ところが今度は附近の北区役所へ侵入しようとしたので、警官隊は区役所前広場でこれを阻止したため、一部は解散したが、間もなく百二、三十名の者が再び王子警察署に向かつて来たので、警官隊は途中でこれを遮断し、警戒配置について対峙していたところ、折柄豪雨が襲来したため、デモ隊は解散したという事件が発生し、次いでその翌日も翌々日も引続き代表者と称する者が王子警察署に対し執拗に抗議を続けていたが、他方において、前記捜索が不法であることを訴え、かつ駐留米軍の撤退を要求する反米的な文言を記載したビラが国電十条駅前附近を中心として撒布された。

(二)同年三月六日、東京都港区芝の産別会館において、朝鮮人ならびに全学連、職業安定所の一部の者が会議を開き、「三月七日は警察予備隊の発足記念日であり、警官が皇居前広場に集結するため手薄になるから青年行動隊をできる限り朝鮮人学校に集めろ、デモの方法は集会現場で決定するというような決議がなされた」という情報が、警視庁警備課から所轄王子署に通達され、かつ同警察署長武田勲は警視庁の上司から、他署の警官を応援に派遣するから、右集会を阻止するようにとの命令を受けた。

(三)三月七日になると、午前七時頃から七時三十分頃までの間に王子警察署管内において、「三月七日午前十時王子朝鮮人学校で不法捜索の抗議大会があるから集まれ」という趣旨の「がり版刷り」のビラを撒いた者があることが、同警察署の桜井刑事、滝巡査から同警察署長に報告され、前日の情報が確実となつて来たので、同警察署長武田勲は、同日朝鮮人学校内で開かれる集会は表面上の名義は、朝鮮人学校の捜索に対する抗議を目的とする同校P・T・Aの会合ということになつているが、その実質は純然たる同校の学生会やP・T・Aの会合のみではなく、一般大衆までも動員する集会であると認め少数の署員を要所に配置して警戒態勢をとると共に、午前九時頃部下の黒沢武雄警部に命じて朝鮮人学校のP・T・A会長の尹徳昆に対し電話で本日行われる集会は許可になつていないから解散させるようにと注意を促したが、拒絶された。その頃から朝鮮人学校に向う者が次第に人数を増していくので、不測の事故の発生を防止するため、午前十時頃同校から約二百米東方にある上十条二丁目巡査派出所に警戒本部を設け、王子警察署員全員百七十名位を中心とし赤羽、板橋、蔵前、巣鴨その他十数署から合計五百五十名位の警察官の応援をえて、板橋、王子を結ぶ大道路南側を警戒線として全長五百米内に数ケ所及び国電王子駅前等に警察官を配置して朝鮮人学校に行く者を阻止していたところ、午前十時三十分頃二百名位の同校の学生たちがスクラムを組んで学校から押し出して来た警官隊と対峙し、その一部の者は当時附近の民家の二階からその模様を撮影していた警視庁技師玉崎勝明の所持していた写真機を奪い取り、これを窓から道路上に投げつけて損壊したり、その警備に当つていた新海巡査部長及び印藤八郎巡査らの顔面、頭部等を手拳で殴打する等の暴行を加えるという事件も発生し、(原判示第一事実)その間においても朝鮮人学校に入る者は次第に人数を増し、十数名から数十名で集団をなして警戒線を突破していく者もあつたが正午近くに警察予備隊員が到着するまでは警察官が手薄のためこれを阻むことができない有様で正午頃には、集会者は同校学生、P・T・A会員のほか、学校に無関係とみられる一般人をも含めて合計千八百名位に達すると推定されるに至り、午後になつても解散の気配はみえなかつた。

(四)そのうち、別働隊と思われるデモ隊が王子警察署に押しかけたため、学校附近の警備に当つていた警察官の一部を割いて派遣したが、隣接の警察署にも若干のデモ隊が押しかけたという情報が入り、かつ学生及び学校に集合して来るP・T・A会員、一般人と警察官との小ぜり合い等もあつたので、当日警視総監の命により警備の総指揮に当つていた第五方面本部長手柴佐八は、これ以上朝鮮人学校内の集会を継続させるときは不測の事態を惹起し、ひいては一般通行人又は附近の住民の身体、財産に危険が及び、公安を乱し、公共の福祉を害する虞ありと判断し、遂に同日午後一時三十分頃、部下の王子警察署長武田勲に対し、集会者に解散を命じ、もし応じなければ実力行使に出るよう指示したので同警察署長は、前記朝鮮人学校の正門前に到つたところ、学校に集合した一般人及び同校の学生をも含めて百五十名ないし二百名位の者は正門附近に集まつており、指導者とおぼしい者がアジ演説をしているのが認められ、また正門脇のコンクリート塀上において、一部の人が演説をしていたので、武田署長は、手柴本部長と同様、これ以上集会を継続するときは公安を乱し公共の福祉を害する危険があるものと認め、正門の二米位手前まで接近し、門内に向かつて大声で、学校内で行われている集会は許可になつていないから、今から十分以内に解散せられたい旨を連続して三回告げたが、門内の群集はこれに応ずる気配がないばかりか突然門内から警察官の集団に対して投石をする者があり、それが十分間近くも続き、十分間の猶予時間が過ぎてもなお集会は解散する様子がないので、王子警察署長の指揮下にあつた第四方面予備隊長熊本乾城は部下の警察官に対し、実力により集会を解散させるように命令した。よつて同校正門前に待機していた警察官らが校門の扉をあけて校門に入ろうとしたところ、そこにいた学生らに阻止されたので、これを突破しようとする警察官と乱闘となり、双方に若干の負傷者を出したが、その際被告人金在洋は正門脇の塀上から岩間美好巡査らに対し煉瓦等を投げつけて同巡査左前額部に治療三週間を要する挫創を負わせ、また被告人李鐘活は正門附近の道路上で岩根宝舟巡査の拳銃の銃把に手をかけ、警棒を握り、膝部を蹴る等の暴行を加えたこと、が認められる。

右のような事実に徴し、記録を按ずるに、王子警察署長が解散を命じた対象は不法捜索抗議のP・T・A総会に藉口して同日朝鮮人学校に集合した集団であつて、その構成分子は同校の学生はもとよりP・T・A会員その他右学校に集合した一般大衆の総べてを包含するものであつたと認められるから、右解散命令の発せられた当時、同校内に集合していたP・T・A会員その他一般大衆は勿論同校正門附近にいた一部少数の一般人を含む百五十名ないし二百名位の学生の集団もまた前記解散命令の対象の中に包含されているものと認めるのを相当とする(右解散命令の対象には学生を包含しないとの趣旨の原判決の認定は誤つているものといわなければならない。)し、又これら一般人及び学生の集団のみを以てしても、前秩序を維持し公共の福祉を保持するため緊急にこれを解散させる必要性があつたことが認められるから、これが秩序維持のため、その集団の解散を命じ、これに応じないときは実力を以て解散を強行することは公安を維持すべき警察官の職務権限に属することは、警察官職務執行法の規定の趣旨に照らし明らかである。叙上の如き経過においては、王子警察署長に解散命令を発しうる具体的権限があり、かつ客観的に適法性の要件を具備しているものと認めるのを相当とすべく、従つて同署長の発した解散命令は適法なものであるといわなければならない。

もつとも記録によるも、前記命令が発せられた当時、同校内においてP・T・Aの会合が現に開催されていたとの事実についてはこれを確認するに由なく、又同校に集合した多数のP・T・A会員その他一般大衆が、その当時も同校内に現存したとの事実は、記録上必ずしも明瞭であるとはいえないのであるが、王子警察署長は、同校内にはその当時なお多数の者が集合しているものと信じ、かつこれを信ずるについて過失があつたことは記録上認められないし、又前示の如き情況下に為された同警察署長の右職務行為は、前記の如く、その抽象的、具体的職務権限に属し、客観的にも適法性の要件を具備していたのであるから同校内におけるP・T・Aの会合並びに会員その他の大衆の存否は、同警察署長の前記解散命令の適法性に、何等の影響を及ぼさないものといわなければならない。

弁護人は、「昭和二十五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例は憲法に違反し無効であるから、これに基く王子警察署長の解散命令は違法である。」と主張するけれども、前叙のような、本件事案発生の経緯にかんがみ前記認定のように、これ以上集会を継続させるときは、一般通行人や附近の住民の身体、財産等に危害を及ぼす犯罪の発生する虞があり、これを解散させる緊急の必要があつたものと認められるときは、警察官はこれを予防するため、集会の解散を警告し、これに応じない場合には実力をもつて解散を強行することが警察官の職務権限に属するものである以上、所論東京都条例が所論のように違憲無効であると否とに拘らず右王子警察署長の発した前記解散命令は適法であるといわなければならない。弁護人の所論は採用できない。

これを要するに、王子警察署長武田勲の発した本件解散命令は適法であり、従つてこれを執行した岩間美好、岩根宝舟両巡査の行為もまた適法な職務執行行為であると認むべきものであるから、これに対する妨害行為は、公務執行妨害罪に該当することは論をまたないところである。各弁護人の答弁の趣旨に照らしても、右認定を左右することはできない。右と趣旨を異にする原判決は事実を誤認し、ひいて法令の解釈適用を誤つたものにほかならないから破棄を免れない。論旨は理由がある。

(三宅 河原 下関)

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